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タオル一枚を腰に巻いただけの格好で、遥は脱衣所をそっと出た。
廊下は薄暗く、古い旅館特有の木材が冷え切っている。
足の裏にその冷たさがじかに刺さる。
(……どこにやられた)
自分の服が“隠された”のではない。
最初から“見つからない場所へ運ばれた”のだとわかる。
探すこと自体が目的の遊び──もちろん、遥を嘲笑うための。
階段下、座敷、裏庭へ続く縁側、倉庫にも近い物置部屋。
静まり返った建物を、遥はゆっくり、触れるように歩いていく。
タオルの端を握りしめる指先は冷えてうまく力が入らない。
ぶつけた肩や、昼に殴られた頬がじくじくと痛む。
(こんな格好で……見つかったら、また……)
考えたくない未来が頭の隅で点滅する。
だが歩みは止められない。
見つけなければ、このまま朝を迎える。
板のきしむ音に何度もビクッと反応し、そのたびに心臓が跳ねた。
自分の息だけが大きく響く。
どこを探しても、どこにも服はない。
行き止まりの物置部屋の前で、遥はついに膝へ手をついて俯いた。
背中から力が抜けていく。
(……やられたな。完全に)
その瞬間だった。
廊下の向こうで、ひそひそ声と、押し殺した笑い声が重なった。
「……ねぇ、見つけたっぽくね?」
「うそ、まじで? タオルだけじゃん」
「やば。ほんとに探してるし」
「呼ぼうぜ、みんな」
イヤな予感が、背中に氷の爪で触れたように走る。
遥が顔を上げると、暗がりの中から数人のいとこ──同年代の男子数名と、少し年下の二人──がにやにやしながら近づいてきていた。
「おーい、お探し中の人、発見」
先頭のいとこがわざとらしく手を叩いた。
「タオル一枚って……おまえ、これで歩いてたん?」
「ないわー。人として」
「てかさ、なんで見つかると思うの? あるわけねぇじゃん」
「おまえの服、別の場所に“避難”させといたし」
遠巻きに笑い声が広がる。
夜の静けさの中、嘲笑は残酷なくらいよく響いた。
遥はタオルを握り直し、声を押し出すように低く言った。
「……返せよ。ふざけんな」
途端、いとこたちは“あ、反抗した”とでも言いたげに声を弾ませた。
「お? 逆らったぞ」
「え、なにその言い方。おまえさ、立場分かってんの?」
「昼、どんだけ泣きそうになってたか忘れた?」
ひとりが遥の肩を押した。
痛みで声が漏れそうになるのを、遥は歯を食いしばって耐える。
「タオル落としたらどうする? 拾える? 拾えんの?」
「やってみろよ」
「てか、落とすまで追い詰めたほうが楽しくね?」
遥は壁を背にし、息が浅くなる。
逃げ場がない。
別のいとこが、覗き込むように顔を近づけた。
「さっき反抗したよな?」
「その態度、兄ちゃんらに言ってもいい?」
「“調子に乗ってました”って言わせたほうがいい?」
遥は目線を逸らし、沈黙した。
その沈黙すら、いとこたちの興奮を煽る。
「だんまりだって」
「ほら見ろよ。すぐ黙る」
「ほんと扱いやすいよな、おまえ」
ひとりがタオルの端を指でつまんだ。
遥の全身がひくりと固まる。
「……触んな」
「触ったらどうなんの?」
挑発するように、さらに引っ張る。
タオルがずれかけ、遥は慌てて押さえた。
その動きすら、笑いの種になる。
「必死じゃん」
「うける。タオルと命どっちが大事?って感じ」
「ほんと、見るたびに“今日もっとイジれるじゃん”って思うんだよな」
別のいとこが手を叩いて仲間を呼び寄せた。
「なー、せっかく見つけたんだし、ちょっと遊んでこうぜ」
「昼の続き、やろうよ」
「昼より静かにできるしな。大人、気づかねぇって」
遥は喉の奥が乾き、何か言おうとしたが声が出ない。
心がすでに警鐘を鳴らしていた。
(……またやられる)
(ここで見つかったのが……最悪だ)
いとこたちは、逃げられないと理解した瞬間でさえ、にやけ顔のまま距離を詰めてくる。
「さ、どうする?“探す”のやめてさ──」
「俺らが“見つけてあげる”遊びに切り替えね?」
「ほら、言えよ。『お願いします』ってさ」
遥は唇を噛んだ。
微かな痛みが、恐怖と悔しさを紛らわせる唯一の抵抗だった。
しかし──
逃げ場は、もうなかった。