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放課後の教室は、机の影が長い。
窓際の席に、女子生徒が座っていた。中学生。
椅子に浅く腰かけて、スマホを握っている。画面は暗いまま。
「……さっき、話しすぎた気がして」
遥は、向かいの椅子に座ったまま頷いた。
急かさない。
「別に、重い話とかじゃないんです。
普通に、今日あったこととか。
ちょっと嫌だったこととか」
生徒は笑う。
でも、その笑いはすぐに引っ込んだ。
「話してるときは、楽なんです。
ちゃんと聞いてくれてるし。
“うんうん”って言ってくれるし」
指先が、スマホの角をなぞる。
「でも、帰り道で思うんです。
“あれ、言わなきゃよかったな”って」
遥は、短く息を吐いた。
「言いすぎた気がする?」
「はい。
相手は何も悪くないのに、
自分だけスッキリしてる感じがして」
少し間があく。
「あとで、
“めんどくさい人って思われたかな”とか。
“重かったかな”とか」
遥は、机の上の光を見た。
「その場では、相手、嫌そうだったか」
「……いえ。
普通でした。
むしろ優しかったです」
「じゃあな」
遥は言う。
「後悔は、相手じゃなくて自分の中で起きてる」
生徒は、黙る。
「話した瞬間は、楽になる。
でも、少し時間が経つと、
“出しすぎた”って感じる」
遥の声は低い。
「それ、防衛が追いついたタイミングだ」
「防衛?」
「自分を守るやつ。
“あんまり見せすぎるな”ってブレーキ」
生徒は、ゆっくり頷いた。
「……たぶん、あります。
昔、話したあとに、
距離置かれたことがあって」
遥はそれ以上深掘りしない。
「じゃあ、その感覚は正常だ」
「正常、ですか」
「学習してる」
短い言葉だった。
「ただな、
今の相手がその人と同じとは限らない」
生徒の指が止まる。
「分かってるんです。
でも、体が先に後悔する」
「うん」
遥は頷く。
「頭より先に、
“閉じろ”って命令が来る」
教室の外で、誰かが笑った。
遠い。
「どうしたらいいですか」
生徒が小さく言う。
「話さない方がいいんですか」
「極端に振らなくていい」
遥は答える。
「全部話すか、全部隠すか、じゃない」
少し間。
「量を決める」
「量」
「今日はここまで、って自分で決める。
途中で止めてもいい」
生徒は考える。
「でも、止めたら変じゃないですか」
「変でもいい」
遥は淡々と言う。
「後悔で削れるよりはマシだ」
生徒は、少しだけ笑った。
「……たしかに」
「あと」
遥は続ける。
「後悔してるとき、
相手の顔、ちゃんと思い出せてるか」
生徒は目を上げる。
「え」
「嫌な顔してたか。
引いてたか。
面倒そうだったか」
生徒は、少し考えてから首を振る。
「……してなかったです」
「じゃあ、それが現実だ」
静かな声だった。
「後悔は、過去の記憶の再生だ。
今の相手じゃない」
生徒の肩の力が、少し抜ける。
「……また、話してもいいですかね」
「いい」
遥はすぐ言う。
「ただし、
全部出し切らなくていい」
椅子が小さく鳴る。
生徒が立ち上がる。
スマホの画面は、まだ暗いまま。
扉の前で、振り返らない。
でも、足取りは来たときより少しだけ軽かった。
扉が閉まる。
遥は、何も書かれていない黒板を見る。
「……話したあとで消したくなるのは、
話したことが間違いだからじゃない」
誰に向けるでもなく呟く。
「守ろうとしてるだけだ」
放課後の光が薄れる。
廊下の向こうで、次の足音が止まった。