テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
𝐚𝐨𝐢
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
水面が割れ、遥の体が沈む。氷のような水が皮膚を突き刺し、呼吸が奪われる。
「──っ、は……っ」
浮かび上がっただけで精一杯の遥の耳に、
縁からいとこたちの甲高い声が飛んだ。
「おい!ちゃんと顔上げろよ!」
「溺れそうな顔ウケる!」
「もっと“聞こえる声”で喋れー!」
晃司が片手をポケットに入れたまま、静かに言う。
「遥。まず、姿勢を指示する。
正座だ」
「……っ、ここで……?」
水は腰まであり、足は震えて立たない。
正座をすれば冷たい泥に膝が沈む。
怜央菜が眉一つ動かさず言った。
「できない理由あるなら言いなよ。
“言い訳扱い”で処理するけど?」
遥は歯を鳴らしながら、ゆっくり膝をついた。
冷たい泥が腿まで絡みつく。
池の真ん中で正座。
冬空の冷気と水で、もう声も震え始めている。
颯馬が笑う。
「はいじゃあ今から“謝罪セット”いきまーす。
まずはさ。今日の態度について、聞こえる声で言えよ」
遥は必死に息を吸う。
「……おれ……が……悪かった……」
「は?誰に?」
「誰が見てて、誰に迷惑かけて、どう悪かったか全部言えよ」
怜央菜が言葉を畳みかける。
「“ごめんなさい”だけじゃ謝罪にならない。
この場はそれくらいの価値しかないって言いたいの?」
遥の唇が震える。
しかし、言葉を繋がなければこの地獄は終わらない。
「……俺が……調子に……乗って……
反抗……したみたいに……聞こえる態度で……
すみませんでした……」
いとこたちが爆笑した。
「“みたいに”?まだ言い訳してるぞこいつ」
「はっきり言えよ。“俺は間違ってました”って!」
冷気で喉が締め付けられ、遥は苦しげに声を搾り出す。
「……俺が間違ってました……。
……全部……悪かった……」
沙耶香が腕を組んだまま言う。
「声小さい。聞こえない。
謝る気ないなら、もっと沈めば?」
水面を蹴られ、冷たい水が顔にかかる。
遥は耐えるしかない。
突然、重い足音が近づいてきた。
叔父と伯母、そして数人の大人たちだ。
一瞬、期待に似た感情が遥の胸をかすめた。
だが、それはすぐに踏み潰される。
叔父が大声で笑う。
「おーい。まだやってんのか。
ほんと、毎年これ楽しみに来てんだよ俺ら」
伯母が口元に手を当てて言う。
「寒そう〜。かわいそうに……って顔すればいいの?
ねぇ晃司くん、あなたたちの“遊び”なんでしょ、続けなさい」
怜央菜が即答した。
「もちろんです」
大人たちは誰一人止めない。
むしろ面白がって近づいてくる。
伯父が遥に向かってしゃがむ。
「お前、出たいなら出てもいいぞ?
ただし──“許可がもらえれば”だけどな」
その声は優しげで、残酷だった。
遥は反射的に首を振った。
「……俺は……まだ……」
その瞬間、大人たちが笑い出した。
「“まだ”?遠慮してんのか?」
「礼儀正しいな〜、こんな状況で」
伯母が冷たく言う。
「ほら、続けて。
この子、どうせ反発しないわよ。毎年そうじゃない」
遥の胸が締めつけられ、呼吸が乱れる。
晃司が一歩前に出る。
声は穏やかだが、その目は一点も揺れていない。
「遥──最後の質問だ」
池の中心で正座したまま、遥は顔を上げた。
「……なんだよ……」
「お前、自分がこの家でどういう立場だと思ってる?」
遥は凍え、震え、思考が霞む。
それでも、答えを探そうとする。
「……俺は……」
怜央菜が遮る。
「間違えたらすぐやり直させるから。
“自分で理解してる言葉”で言え」
いとこたちは期待で息を飲む。
晃司は低く優しい声で促した。
「さぁ、遥」
遥の喉が動き、血の味が広がる。
「……俺は……
ここでは……
言われたことを……やる……
……それしか……できない……」
颯馬がすぐに切り捨てる。
「雑すぎる。
お前の立場は“それしかできない”じゃねぇだろ」
沙耶香が冷たく囁く。
「もっと深く言いなよ。自分でわかってるんでしょ?」
遥は唇を噛み、震える声で言った。
「……俺は……
ここでは……
何を言っても……通らない……
……逆らえない……
……笑われて……殴られて……
……毎年……
それが……普通なんだよ……」
晃司がふっと息を吐いた。
「──やっと言えたな」
いとこたちが歓声を上げる。
「出た出た!今年の“名言”!」
「録っとけよ今の!」
「やっぱ遥はこうじゃないとな!」
遥は肩を落とし、視界が揺れ、呼吸が浅くなる。
しかし──その目の奥だけは、まだ完全に折れていなかった。
晃司はそれに気づき、静かに言った。
「まだ反抗心あるな。
……仕上げ、続けるか」