テラーノベル
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学食のざわめきは、完全には戻っていなかった。
凪は床に手をついたまま、ゆっくり立ち上がった。椅子に戻ると、さっきまでと同じように箸を持つ。
周りは少しだけ気まずそうにしている。
誰かが軽く笑って誤魔化す。
「いや、冗談だって」
ナプキンを置いた男が言う。
「そんなマジに答えると思わなかった」
凪は首を振る。
「大丈夫」
本当に怒っているわけではなかった。
怒る理由も、よく分からない。昔からこういう空気には慣れている。むしろ、場が荒れないならその方がいい。
ただ、蒼は黙ったままだった。
ずっと凪を見ている。
それに気づいたのか、別の男が蒼の肩を軽く叩いた。
「なあ蒼」
笑いながら言う。
「ほんとに飼ってんの?」
その言い方に、また少し笑いが起きる。
蒼は答えない。
代わりに、ゆっくり凪の方へ手を伸ばした。
テーブルの上。
凪の前に置かれていた、丸めた紙ナプキンを指でつまむ。
それを、ぐしゃっと潰した。
静かな音。
それから蒼は、短く言った。
「やめろ」
声は低かった。
大きくはない。
でも、はっきり聞こえた。
テーブルの空気がまた止まる。
ナプキンを置いた男が、少しだけ困った顔をする。
「いや、遊びだって」
蒼は視線を上げない。
「やめろ」
同じ言葉をもう一度言う。
今度は少しだけ強かった。
笑いは完全に消えた。
「……悪かったよ」
誰かが小さく言う。
それで会話は終わった。
蒼はそれ以上何も言わない。
凪も何も言わない。
ただ、残りの昼食を静かに食べた。
数分後、蒼が先に立ち上がる。
トレーを持って、返却口へ向かう。
凪は少し遅れて立った。
外に出ると、春の風が吹いていた。まだ少し冷たい。
蒼は校舎の横のベンチに座っていた。
凪が近づくと、蒼は顔を上げる。
少しだけ沈黙があった。
それから蒼が言う。
「お前」
凪を見る。
「なんでやるんだ」
声は怒っているというより、分からないという感じだった。
凪は少し考える。
「……別に」
うまく言葉が出ない。
蒼は眉を寄せる。
「別に、じゃねえだろ」
凪は視線を下げた。
地面を見る。
「怒ってた?」
蒼が聞く。
凪は首を振る。
「怒ってない」
「じゃあなんで」
凪は、しばらく黙った。
それから、ゆっくり言う。
「蒼が嫌がるから」
蒼の表情が止まる。
凪は続ける。
「動画も」
小さく言う。
「ほんとは、やめろって言われたらやめるつもりだった」
蒼は何も言わない。
凪は少しだけ笑う。
「でも。
嫌がる顔、好きだから」
軽い調子で言った。
冗談みたいに。
蒼は数秒黙って、それから小さく息を吐く。
「……お前さ」
凪を見る。
「ほんとに犬みたいだな」
その言葉に、凪は少しだけ笑った。