テラーノベル
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最初は、ただ面白かっただけだ。
ああいうタイプは、店に一人はいる。
空気を読む。
客を選ぶ。
余計なことは言わない。
でも、彼女は少し違った。
読みすぎる。
こちらが何も言っていないのに、
グラスの減り方で会話を変える。
冗談の強さで、距離を調整する。
笑うタイミングも、外さない。
「賢いね」
最初にそう言ったのは、
評価のつもりだった。
褒め言葉として、
分かりやすい位置に置いたつもりだった。
彼女は、少しだけ笑って、
「仕事なので」と返した。
そのとき分かった。
この子は、褒められても乗らない。
乗らないというか、
置いていく。
評価は受け取る。
でも、そこに留まらない。
評価した側を、そのままにしておく。
ああいう反応は、珍しい。
だから、通うようになった。
指名はしない。
指名すると、関係が固定される。
固定されると、観察が終わる。
フリーで入って、
たまに当たる。
当たらない日もある。
それくらいが、ちょうどいい。
ある日、
彼女が誰かを庇った。
店の空気が、ほんの一瞬だけ変わった。
柔らかく線を引くやり方じゃなかった。
はっきり引いた。
ああいう線の引き方は、損をする。
でも、
楽なんだろうな、と思った。
自分の立ち位置を、
一瞬で決めるやり方。
後で席についたとき、
「線を引いたよね」と言った。
彼女は氷を足して、
「そうですか?」と返した。
とぼけ方が上手い。
上手いけど、
誤魔化してはいない。
そういうところが、
少しずつ、気になり始めた。
気になる、という言葉は正確じゃない。
観察していた対象が、
観察対象じゃなくなり始めた、
という方が近い。
その日、
別の男が名前を呼んだ。
源氏名。
軽い調子。
彼女は振り向かなかった。
今いる席を優先した。
それだけのこと。
それだけのことなのに、
妙に安心した自分がいた。
安心?
違うな。
評価が更新された。
この子は、
簡単には揺れない。
でも、
揺れないわけでもない。
名前の話になった。
「誰でもいいわけじゃない」
彼女がそう言ったとき、
一瞬だけ、言葉に詰まった。
ああ、と思った。
それは、
客に向けて言う言葉じゃない。
でも、
客だからこそ言う言葉でもある。
境界の上に立っている言い方。
危ないな、と思った。
彼女が、じゃない。
自分が。
店の女を好きになる趣味はない。
そういうものは、面倒だ。
分かっている。
分かっているはずなのに、
帰り際、指名を入れた。
理由は簡単だ。
もう少しだけ、
確かめたかった。
席に戻ると、
彼女は少しだけ驚いた顔をした。
ほんの一瞬。
すぐに戻した。
その一瞬で十分だった。
ああ、と思った。
この子は、
客を好きにならないようにしている。
だから、
こちらが好きになる余地がある。
面倒だな、と思う。
分かりやすく面倒だ。
それでも、
もう少しだけ観察したい。
評価の延長。
興味の延長。
たぶん、そのあたり。
まだ、
名前で呼んでいない。
呼ばない方が、
長く続く気がする。
でも、
いずれ呼ぶんだろうな、とも思う。
そういうタイミングは、
だいたい分かる。
そのとき、
どういう顔をするのか。
そこまで見届けてから、
距離を決めればいい。
たぶん、
まだ大丈夫だ。
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