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ドアが閉まる音は、小さかった。
それでも、家の中では十分だった。
「……遅い」
リビングから、声が飛んでくる。
低い。
抑えているようで、抑えていない温度。
遥は靴を揃える。
視線は床のまま。
「……学校、終わる時間は決まってるよな」
返事をしなければならない。
けれど、何を言っても“理由”になる。
「……寄り道、してない」
言った瞬間、後悔する。
“してない”は、問い返される形を作る。
「してない“はず”ないだろ」
足音が近づく。
距離が詰まるだけで、呼吸が浅くなる。
「誰といた」
短い問い。
遥は、ほんの一瞬だけ迷う。
名前を出せば、そこが次の標的になる。
出さなければ、“隠した”ことが罰になる。
「……ひとりで」
選んだのは、嘘でも本当でもない曖昧さ。
その瞬間――
腹に衝撃が入る。
蹴り。
不意打ちに近い角度。
息が抜ける。
「質問にちゃんと答えろって言ってんだろ」
床に膝が落ちる。
さっきまで学校で強いられていた姿勢と、ほとんど同じ形。
違うのは、“見ている人数”だけ。
「ひとりで帰るわけないよな?」
後ろから、肩を掴まれて引き上げられる。
「最近、妙に帰り遅いし」
掴む力が強くなる。
爪が食い込む。
「誰とつるんでんの」
問いは同じでも、意味が変わる。
これは確認じゃない。
“支配の外に出ていないか”の検査。
「……っ……」
声が出ない。
出せば、震える。
震えれば、“図星”と取られる。
沈黙が一秒続く。
それだけで、十分だった。
頬を打たれる。
横から。
さっき学校で受けたものより、ずっと重い。
「黙るってことは、いるんだな」
決めつけ。
でも、それでいい。
彼らにとっては、“理由”は作れればいい。
「調子乗ってんじゃねえよ」
今度は背中。
拳で、二度、三度。
逃げようとした動きが見えた瞬間、
ベルトが抜かれる音がした。
シュッ――。
空気を裂く音。
「最近、“守られてる”とか思ってない?」
言葉と同時に、振り下ろされる。
パシンッ。
肩口に当たる。
服の上からでも、はっきりと線が残る衝撃。
「学校で何されてるか知らないけどさ」
もう一発。
今度は背中の中心。
「ここでは関係ないから」
繰り返される。
一定のリズムじゃない。
わざと間隔をずらして、予測できないように。
「ルール、忘れてないよな?」
ベルトの先が、顎を上げるように当てられる。
無理やり視線を合わせられる。
「“外の人間を家に持ち込まない”」
その言葉の意味は、単純じゃない。
名前を出すこと。
庇うこと。
心の中で頼ること。
全部が“持ち込み”になる。
「……持ち込んでない」
かろうじて出した声。
掠れている。
でも、はっきり言ったつもりだった。
その“つもり”が、逆に火をつける。
「今、“否定した”よな」
低くなる声。
「じゃあ証明しろよ」
ベルトが外れる。
代わりに、床に転がっていた木の棒(掃除用具の柄)が拾われる。
学校で使われていたのと、よく似た形。
「立て」
命令。
足が震える。
それでも、立つしかない。
「背中、まっすぐ」
肩を押される。
「逃げんなよ」
棒の先が、背中に押し当てられる。
昼と同じ構図。
でも、違う。
強さが、加減されていない。
ぐっと押し込まれる。
「声、出すな」
条件が重なる。
出しても罰。
出さなくても罰。
昼と同じ構造。
でも、ここでは“終わり”が誰にも管理されていない。
痛みが、一直線に入る。
「……っ……!」
抑えきれず、声が漏れる。
その瞬間、さらに押し込まれる。
「今の、アウト」
淡々と。
「ほら、やり直し」
やり直しに“回数制限”はない。
どこで終わるかは、相手の気分次第。
呼吸が乱れる。
視界が揺れる。
それでも、逃げられない。
「外で変な影響受けてんだろ」
押し込みながら、言葉が続く。
「黙ってりゃいいのに、余計なこと考えるからこうなる」
さらに力がかかる。
背中の一点に、熱が集まる。
「ここでちゃんと覚え直せ」
低く。
「お前は、ここでは“従うだけ”でいい」
押し込まれるたびに、身体が前に揺れる。
倒れれば終わると思っても、倒れさせてもらえない。
「ほら、言え」
言葉を強要される。
「……な、に……」
「“俺は従うだけでいい”って」
否定は許されない。
沈黙も許されない。
だから――
「……おれ……は……」
喉が引きつる。
息がうまく通らない。
「……したが、う……だけで……いい……」
言い切った瞬間、力が抜ける。
棒が離れる。
支えを失って、膝が崩れる。
床に落ちる。
呼吸が荒くなる。
止めようとしても止まらない。
上から、視線だけが落ちてくる。
「最初からそうしてろよ」
それだけ言って、足音が離れる。
部屋に残るのは、荒い呼吸音だけ。
誰もいないはずなのに、
まだ“見られている感覚”が消えない。
声を出していいのに、出せない。
動いていいのに、動けない。
身体が、“ここでのルール”に固定されたままになる。
時間がどれくらい経ったのか分からない。
ただひとつ確かなのは――
夜は、まだ終わっていない。