テラーノベル
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観察する男の言葉が、空気の表面をなぞる。
「視線」
ナナは笑う。
「酔ってます?」
軽く返す。
冗談のトーン。
軽い男が笑う。
「分析癖やめなよ」
場が少し和む。
けれど、
静かな男は何も言わない。
何も言わないまま、
ナナを見る。
その視線に、
さっきより少しだけ温度がある。
ナナは気づく。
気づいて、視線を外す。
代わりに、
軽い男のグラスを満たす。
「今日テンション低い?」
軽い男が覗き込む。
「普通」
「普通は一番怪しい」
同じやり取り。
でも今は、少しだけ刺さる。
観察する男が、
ナナの指先を見る。
「グラスの持ち方、変わった」
「え?」
「さっきから、そっちの人の前だけ丁寧」
空気が止まる。
軽い男が「え?」と笑う。
「マジ?」
ナナは首を傾げる。
「気のせいですよ」
即答。
迷わない。
でも、
心臓は一拍遅れる。
静かな男が、
初めて少しだけ口角を上げる。
「気のせい、らしいよ」
低い声。
その言い方に、
ほんの少しだけ棘がある。
ナナはその棘を拾う。
拾ってしまう。
――違う。
そう言いたいわけじゃない。
けれど、
何が違うのか説明できない。
軽い男が、
冗談っぽくナナの肩に触れようとする。
ナナは自然に避ける。
自然すぎて、誰も気づかない。
一人を除いて。
観察する男が、
ゆっくりグラスを回す。
「面白いな」
誰に向けた言葉か分からない。
ナナは笑う。
完璧な笑顔。
「何がですか?」
「別に」
別に、で終わる。
そのとき、
静かな男が立ち上がる。
「もう行く」
早い。
ナナの胸が、
一瞬だけ強く鳴る。
「今日は短いですね」
声は平坦。
ちゃんと平坦。
「うん。顔見れたからいい」
さらっと言う。
さらっと、なのに。
軽い男が笑う。
「なにそれ」
観察する男は、
何も言わない。
ナナは笑う。
「また」
それ以上言わない。
静かな男は、
それ以上求めない。
会計を済ませて、
背を向ける。
ドアが閉まる。
ナナは、
数秒だけ動けない。
ほんの数秒。
軽い男が言う。
「分かりやすいね」
ナナは振り向く。
「何が?」
「顔」
観察する男が静かに続ける。
「さっきから、消えてた」
消えてた。
その言葉が、
胸の奥に落ちる。
ナナは笑う。
「酔ってますよ、二人とも」
冗談の顔。
でも。
静かな男がいなくなったテーブルは、
妙に広い。
軽い男はまだいる。
観察する男もいる。
なのに。
足りない、と思ってしまう。
――それが何か、
まだ名前はつけない。
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