テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
池の縁にずるずる引きずり上げられた遥は、濡れたシャツが肌に貼りついて呼吸が乱れていた。腕をつかんだのは晃司だ。わざと肘を締め、骨に食い込ませるような力の入れ方をする。
「立てよ。まだ終わりじゃねぇだろ?」
耳元で低く吐かれた声に、遥は反応できず、濡れた足が土に滑った。
その瞬間、いとこ連中のひとりが後ろから蹴りを入れる。
「ほら、甘えてんじゃねぇよ、毎年これ楽しみにしてんだよ。つまんねぇ顔すんなって」
腹に入った衝撃で息が漏れ、遥は膝をつく。
すかさず別の子が横腹を狙って拳を叩き込む。
「“ご挨拶”しろよ。年一回の恒例だろ?」
「声、出せねえのか? ほら“俺が悪かったです”って」
遥は息を整えようとしながらも、兄弟たちが戻っているのを見て口を閉ざした。
さっき僅かに漏らした反抗の言葉が、もう体を固くして動かなくさせていた。
晃司がしゃがみ込み、遥の顎をつかみ、無理やり顔を上げさせた。
「……また黙ってんのか。人の言葉も聞けねぇって、何回言わせりゃ覚えるんだ?」
次の瞬間、頬に平手が飛び、濡れた肌が鋭い音を響かせた。
怜央菜も横に立ち、乾いた声で言い放つ。
「反抗する体力があるなら、もっとちゃんと謝れるでしょ? “全部俺のせいです”って早く言えば?」
沙耶香ですら、肩をすくめる。
「ほんと扱いづらい子。親戚一同の迷惑、って自覚ある?」
遥は視界の端で、いとこたちが“今年の見もの”に沸いているのを見た。
言えば終わるのに、言ったら負ける──そんな浅い抵抗だけが胸の奥で燻っている。
だから言わない。言えない。
喉が乾いているのに、声は出ない。
その“黙り”が気に食わなかったのか、颯馬が背後から髪をつかみ、無理やり立たせた。
「兄貴が聞いてるんだぞ。答えろよ、“俺の全部が悪いです”って。簡単だろ?」
遥の足元がふらつくたび、周囲から笑いが起きる。
完全に“見世物”だった。
そのまま庭の中央へ引き立てられ、遥は大人たちの前に突き出された。
タオルを持ってきてやる者はひとりもいない。
代わりに飛んでくるのは、半ば冗談のように味付けされた冷笑だけ。
「また静かだねぇ。ほんと扱いづらい子だわ」
「若いのに根性がないんじゃない?」
「兄弟に迷惑かけてばっかりだろ。もっと素直になればいいのに」
“助けるふり”をしながら、言葉の刃を平然と押し当ててくる。
晃司が大人たちに向けて軽く笑いながら言う。
「すみません、コイツさっきから謝りもしなくて。ちょっと躾け直しますんで」
その“断り”はもう暴力の合図だった。
すぐに、晃司の拳が遥の腹に入り、膝が折れる。
怜央菜が腕をひねり上げ、沙耶香が平然と頬を叩く。
「なにその目。気に食わない」
「いいから言えばいいの。『全部俺が悪いです』って。それだけでしょ?」
大人たちは止める気がなかった。
むしろ、
「まあ、若いうちは強くしといたほうがいいよ」
「甘やかしても治らんて」
そんな声まで混じった。
遥の喉が震え、しかし声は相変わらず出ない。
言葉のかわりに、呼吸だけが痛いほど鳴った。
限界まで痛めつけられ、地面に崩れた遥を見て、晃司はふっと息を吐いた。
その表情には、怒りではなく“飽き”の色があった。
「……もういいわ。こいつ、今日は使い物にならねぇ」
怜央菜も冷たく言う。
「ほんと、つまらないね。せっかく人数そろってたのに」
沙耶香はさらに一段深く刺す言い方をした。
「期待した私たちが馬鹿みたい。いらないから放っとけば?」
最後に颯馬が、俯いた遥の頭を軽く靴で押しながら、小さな声で吐き捨てる。
「──帰りてぇなら勝手に帰れば?
誰もお前なんか、もう相手しねぇよ」
その瞬間、本当に“見捨てられた”空気が落ちた。
誰も手を貸さない。
誰も呼ばない。
誰も彼を必要としない。
遥は冷たい地面に手をつき、震える腕でどうにか体を支えた。
池の水がまだ滴り続けていた。
彼は立ち上がれなかったが、
誰も立たせようとはしなかった。