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ハチ
56
黒板の右端に、小さく名前が増えていた。
……誰、これ
朝一番に気づいたのは斎木だった。 出席番号の欄の外、誰にも割り当てられていない場所に、チョークで書かれた一行。
――神代 朔
斎木
高城
三浦
笑いながら、三浦が指でこすった。 白い粉が広がるだけで、文字は消えない。
三浦
高城
担任が入ってくる。
担任
誰もその名前のことを言わない。 言うほどでもない、と思ったのか、言いたくないのか。 授業が始まる。 いつも通りのはずだった。 ただ、一つだけ違う。 一番後ろの、窓際。 本来空いているはずの席に、鞄が置かれていた。 黒い、見覚えのない鞄。
小林
高城
三浦
小林
誰も近づかない。 誰のものか分からない物には触らない。 そういう暗黙が、このクラスにはある。 ――“あのとき”から。
その一番下に、新しい一行。 ゆっくり、浮かび上がる。
伊藤
伊藤
高城
伊藤
三浦
伊藤
笑いが起きる。 軽い、逃げるための笑い。
高城
小林
その言葉で、一瞬だけ静かになる。
“幽霊”。
口にした瞬間、誰かが視線を逸らした。 名前を呼ばなかった“あいつ”のことを、連想するから。
斎木
斎木が立ち上がる。
斎木
小林
斎木
小林
斎木
笑う。いつもの、強い側の笑い。
斎木
誰も答えない。 斎木は後ろの席まで歩く。 鞄に手をかける。 そのとき。
??
すぐ後ろで、声がした。 反射的に振り返る。 誰もいない。
斎木
斎木
高城
ざわつく。
三浦
小林
伊藤
高城
声が重なる。 責任の押し付け合い。 斎木はもう一度、鞄に手を伸ばす。 さっきより、ゆっくり。 指先が触れた瞬間。 冷たい。妙に、冷たい。
斎木
笑おうとする。 そのまま持ち上げる。 軽い。 中身がないみたいに。
斎木
机の上に置く。 ファスナーを開ける。 空。 ただ、底に紙が一枚。 折り畳まれている。
高城
斎木
開く。 そこに書いてあるのは、たった一文。
――見てたよ
斎木
三浦
伊藤
斎木は紙を丸めて捨てようとする。 そのとき。 床に、もう一枚、紙が落ちていることに気づく。 さっきはなかった。確実に。
斎木
拾う。同じ紙。同じ折り方。開く。
――見てたよ
斎木
高城
小林
斎木
伊藤
前の席。机の上に、同じ紙。
三浦
高城
小林
高城
教室のあちこちに、紙がある。 気づくと増えている。 最初からあったみたいに。
伊藤
誰かが震えた声で言う。
――見てたよ
同じ文字。同じ筆跡。
高城
三浦
高城
机が倒れる。 音が響く。 その瞬間。 黒板に、音が走る。ギィ、と。 チョークが勝手に動く音。 全員が振り返る。 誰も触っていない黒板に、文字が増えていく。
――見てたよ
その下に。ゆっくり。もう一行。
――“あのときも”
小林
伊藤
チョークの音は止まらない。 さらに、書かれる。
――助けなかったよね
三浦
三浦
――笑ってたよね
三浦
三浦
黒板いっぱいに、文字が広がる。
――順番にいくね
チョークが床に落ちる。乾いた音。 静寂。
高城
誰も答えない。 その日、一人が帰らなかった。
次の日、また一人。 理由は分からない。 警察が来て、事情聴取があって、それでも何も出ない。 ただ、教室には毎日、紙が増える。
――見てたよ
――次はだれ?
そして一週間後。 最後に残ったのは、斎木だけだった。 空の教室。 机の上に、無数の紙。 全部同じ言葉。
斎木
斎木
黒板を見る。 そこにはもう、びっしりと書かれている。
――見てたよ
――笑ってたよね
――止めなかったよね
――順番だよ
その一番下に、新しい一行。 ゆっくり、浮かび上がる。
――さいご
背後で、椅子が軋む音がした。 誰もいないはずの席。 あの、窓際。 振り返る。 そこに、座っている。 顔は見えない。 ただ、濡れた髪が垂れている。 制服は、見覚えがある。
斎木
喉が閉じる。 名前が出ない。 出せない。 そいつは、ゆっくりと顔を上げる。 そして、笑った。
神代
声は、確かに覚えている。 あのとき、何度も聞いた声。 助けを求める声。 斎木は後ずさる。
斎木
神代
神代
一歩、近づく。音がしない。
神代
教室のドアが、内側から閉まる。 鍵の音。 カチリ、と。 逃げ場が消える。
神代
笑顔のまま、言う。 その顔は、やっぱり思い出せない。 思い出そうとすると、黒板の文字みたいに、滲む。 ただ一つだけ、はっきりしている。 “見ていた”目だけが。
暗転。