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放課後の校舎は、音が少ない。
部活の掛け声が遠くにある分、教室の隅はやけに静かだった。
机を二つ並べただけの相談スペースに、生徒が来る。
制服のまま座り、カバンを膝に乗せた。
中学生。背筋は伸びているが、力が入っていない。
しばらく黙ってから、口を開く。
「……今日、別に何もしてないんです」
遥は、黒板の端を見たまま待つ。
「授業も普通で。
嫌なことも特にないし、
怒られたわけでもない」
生徒は指先でカバンの端を押す。
「でも、もう疲れてるんです」
小さく笑う。
「帰っても、何もする気が起きなくて。
寝ても、回復した感じがしない」
沈黙が落ちる。
廊下の向こうで、誰かが走る音。
「頑張った日は、分かるんです」
生徒が続ける。
「テストとか、部活とか。
ああ疲れたなって」
一拍。
「でも、
何もしてない日の方が重い」
遥は、机の上の影を見る。
「一日、気を張ってる」
低く言う。
生徒は顔を上げる。
「……張ってますか」
「張ってる」
即答だった。
「何も起きないように」
静かな声。
「失敗しないように。
浮かないように。
遅れないように」
生徒の肩が、わずかに動いた。
「……それ、
普通じゃないですか」
「普通」
遥は否定しない。
「ただな、
それを一日中やると消耗する」
生徒は考える。
「授業中も?」
「休み時間も」
遥は続ける。
「家でも」
生徒は視線を落とした。
「……家でも、気を抜いてないです」
「だろ」
遥は淡々と返す。
「何もしてない日は、
何もしてないんじゃない」
生徒の手が止まる。
「ずっと、
“ちゃんとしてる”」
言葉が落ちる。
「ちゃんとしてると、
回復の時間がない」
生徒は小さく息を吐いた。
「じゃあ、
どう休めばいいですか」
遥はすぐに答えない。
「休むって、
何かすることじゃない」
短く言う。
「減らすことだ」
生徒は戸惑う。
「何を」
「考える量」
遥は机を指でなぞる。
「全部に反応しない日、作れ」
生徒は苦笑した。
「できる気がしないです」
「最初はな」
遥は続ける。
「帰ったら、
何も変えなくていい」
生徒は顔を上げる。
「何も?」
「“回復してない”って
判断するのをやめる」
静かな声。
「疲れてるままでもいい」
沈黙。
「……回復してない自分、
ダメだと思ってました」
「思うと余計減る」
遥は短く言う。
「回復って、
自覚より先に来る」
生徒は考え込む。
「じゃあ、
今日みたいな日は」
「そのまま終われ」
遥は言う。
「意味づけしないで」
生徒は少し笑った。
「それ、
楽ですね」
「楽な方が続く」
椅子が軋む。
生徒が立ち上がる。
扉の前で少し止まる。
「……何もしてないのに疲れるの、
変じゃないんですね」
「変じゃない」
遥は視線を戻さない。
「ずっと耐えてるやつほど、
そうなる」
生徒は小さく頷き、出ていった。
扉が閉まる。
静けさが戻る。
遥は机の位置を少しだけ直す。
「気を抜かない日が続くと、
何もない日が一番重くなる」
誰に向けるでもなく、そう言った。
廊下の奥から、また足音が近づいてくる。