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遥の相談室3

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遥の相談室3

9 - 第9話 いい人をやめた日の席

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2026年02月11日

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放課後の教室は、掃除の音が終わると急に広くなる。

机を二つ寄せただけの相談スペースに、生徒が座った。


カバンは膝の上。肩に力が入っている。

しばらく沈黙が続く。

遥は何も言わず、窓の外のグラウンドを見ている。


「……いい人って、便利ですよね」


生徒が先に口を開いた。

笑っているようで、笑っていない。


「頼まれごと、断らないし。

空気悪くしないし。

誰とでもそれなりに話せるし」


指先が、カバンの端をなぞる。


「でも、

それやめたら……たぶん、

席なくなるんですよね」


遥は視線を上げないまま、続きを待つ。


「別に、いじめられてるわけじゃないんです。

ただ……“便利じゃなくなったら終わり”みたいな」


一拍置く。


「この前、ちょっと断ったんです。

ノート貸すの、無理って。

そしたら、なんか……空気が変わって」


遥は小さく息を吐いた。


「冷たくされた?」

「露骨じゃないです。

でも、次から頼まれなくなって。

話しかけられる回数も減って」


生徒は目を伏せる。


「楽にはなったんです。

でも、

このまま消えるのかなって思って」


教室の外で、ボールの弾む音が一度だけ聞こえた。


「いい人やめたら、

誰も残らない気がして」


遥は少しだけ顔を上げる。


「残るやつもいる」


即答ではない。

でも迷いもない。


「ただな、

“便利な位置”から外れると、

一回、誰もいなくなる感じはある」


生徒は、少しだけ驚いた顔をした。


「……あるんですか」

「ある」


遥は短く言う。


「それ、

居場所が消えたんじゃなくて、

役割が外れただけだ」


生徒は黙る。


「役割でつながってた関係は、

役割がなくなると薄くなる」


遥の声は低い。


「でも、

役割なしで残るやつは、

そこでやっと分かる」


生徒の指が止まる。


「……誰も残らなかったら」

「その時はな」


遥は少し間を置く。


「最初から、

席じゃなくて仕事してただけだ」


静かな言い方だった。

生徒は、ゆっくり息を吐いた。


「いい人って、

自分の席守るためにやってたのかもしれないです」

「守れてたなら、

それはそれで機能してた」


遥は否定しない。


「でも、

ずっと続けると、

席がどこか分からなくなる」


生徒は小さく頷く。


「……やめたいです」

「全部やめなくていい」


遥は机の端を指で叩いた。


「“即答で引き受ける”のだけ、やめろ」


生徒は顔を上げる。


「断るんじゃなくて?」

「一回、保留にする」


遥は続ける。


「考えとく。

後で返事する。

それだけでいい」


生徒は少し考える。


「それなら……できるかも」

「できる」


遥は淡々と言う。


「いい人やめるって、

性格変えることじゃない。

速度を変えるだけだ」


生徒の肩の力が、少し抜けた。

立ち上がる気配。

椅子が静かに引かれる。


扉の前で、一瞬だけ振り返る。


「……席、残ってますかね」


遥は、机の配置を少しだけ直した。


「残ってなかったら、

作ればいい」


大げさじゃない言い方だった。


扉が閉まる。

廊下の足音が遠ざかる。


放課後の光は薄い。

でも、教室はまだ完全には暗くない。


次の足音が、ゆっくり近づいてきていた。

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