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教室はほぼ暗い。
黒板の上の時計だけ、まだ白い。
生徒は座ってから、しばらく話さない。
遥も待つ。
「……その場では、平気なんです」
唐突に言う。
「何か言われても。嫌なことあっても。普通に返事して、普通に帰って」
机の端を見ている。
「で、夜とか。次の日とか」
一拍。
「あとから来るんです」
遥は顔を上げない。
「遅れて」
生徒は続ける。
「そのときは何とも思ってないのに、時間経ってから、急にしんどくなる」
指先が袖をいじる。
「なんであんなこと言われたんだろう、とか。なんで笑ってたんだろう、とか」
小さく笑う。
「遅すぎて、誰にも言えないです」
静か。
「今さら?ってなるし」
遥は、ゆっくり息を吐く。
「その場で反応できるやつばっかじゃない」
短い。
生徒は黙る。
「処理が遅いだけだ」
遥は続ける。
「鈍いんじゃない。遅い」
一拍。
「遅い方が、その場は生き延びる」
教室が静かになる。
生徒の視線が少し上がる。
「……そうなんですか」
「全部その場で感じてたら、動けない」
遥は言う。
「あとから来るのは、残りだ」
沈黙。
「じゃあ、どうすれば」
生徒は小さく聞く。
遥はすぐ答えない。
「来たときに、来たって分かればいい」
それだけ。
「遅いな、って」
生徒は苦笑する。
「解決は」
「しない」
即答。
「でも、遅れてるって分かってれば」
遥は机を指で叩く。
「自分がおかしいとは思わなくなる」
一拍。
「処理中なだけだ」
静か。
生徒は長く息を吐いた。
「……ずっと、性格悪いのかと思ってました」
「違う」
短い。
「反応が遅いだけだ」
生徒は立ち上がる。
椅子の音が小さい。
扉の前で止まる。
「遅れて来ても、いいんですね」
遥は答えない。
「来るなら、来た分だけ受け取れ」
それだけ。
扉が閉まる。
教室には何も残らない。
ただ、
まだ動いている時計の音だけがあった。