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放課後の教室。
カーテンは半分だけ閉まっている。
光が斜めに切れて、机の脚が長く伸びている。
生徒は座る前に言った。
「特に理由はないです」
遥は椅子に座ったまま、待つ。
「いじめとかじゃないし。怒られたわけでもないし。嫌なことがあったわけでもないです」
座る。
手は膝の上。
「でも、たまに」
声が落ちる。
「消えたいなって思う日があるんです」
静か。
遥は反応しない。
「死にたいとかじゃなくて。ただ、いなかったことになれたらいいなって」
机の木目を見る。
「誰にも迷惑かけずに、最初からいなかったみたいに」
沈黙が長い。
廊下の向こうで、笑い声が一瞬だけして消える。
「意味分かんないですよね」
小さく笑う。
「何もないのに」
遥は、ゆっくり息を吐く。
「何もない日は、余白がある」
短い。
生徒は顔を上げる。
「余白?」
「刺激がない。怒りもない。恐怖もない」
一拍。
「静かすぎると、自分の輪郭だけが残る」
教室が少し暗くなる。
「輪郭?」
「自分って何だ、ってやつだ」
遥の声は低い。
「役割も、怒りも、忙しさもないと」
机に指を置く。
「“存在してる理由”が、急に薄くなる」
生徒は黙る。
「だから消えたい?」
「消えたいってより」
遥は少し間を置く。
「“輪郭を感じたくない”」
静か。
生徒の指が止まる。
「……そんな感じです」
遥は続ける。
「異常じゃない」
即答ではないが、迷いもない。
「脳は、刺激がないと、自分を疑い始める」
一拍。
「何もない日は、敵もいない代わりに、支えもない」
沈黙。
「じゃあ、 どうすれば」
小さい声。
遥はすぐ答えない。
「消えたい日は、消えなくていいから、縮めろ」
生徒が眉を寄せる。
「予定を減らす。人に会わない。情報を切る」
机を軽く叩く。
「“存在”を薄くするんじゃなくて、“刺激”を薄くしろ」
静か。
「消える必要はない」
短く。
「縮むだけで足りる日もある」
生徒は、長く息を吐いた。
「……理由がないのに、おかしいのかと思ってました」
「理由はある」
遥は言う。
「静かすぎるだけだ」
生徒は立ち上がる。
背筋はまだ細い。
扉の前で止まる。
「また来てもいいですか」
遥は頷かない。
「来たければ」
それだけ。
扉が閉まる。
教室はまた、
何もない空間に戻る。
何もない。
でも、
消えてはいない。