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眠狂四郎
44
放課後の教室。
カーテンは半分だけ閉まっている。
光が斜めに切れて、机の脚が長く伸びている。
生徒は座る前に言った。
「特に理由はないです」
遥は椅子に座ったまま、待つ。
「いじめとかじゃないし。怒られたわけでもないし。嫌なことがあったわけでもないです」
座る。
手は膝の上。
「でも、たまに」
声が落ちる。
「消えたいなって思う日があるんです」
静か。
遥は反応しない。
「死にたいとかじゃなくて。ただ、いなかったことになれたらいいなって」
机の木目を見る。
「誰にも迷惑かけずに、最初からいなかったみたいに」
沈黙が長い。
廊下の向こうで、笑い声が一瞬だけして消える。
「意味分かんないですよね」
小さく笑う。
「何もないのに」
遥は、ゆっくり息を吐く。
「何もない日は、余白がある」
短い。
生徒は顔を上げる。
「余白?」
「刺激がない。怒りもない。恐怖もない」
一拍。
「静かすぎると、自分の輪郭だけが残る」
教室が少し暗くなる。
「輪郭?」
「自分って何だ、ってやつだ」
遥の声は低い。
「役割も、怒りも、忙しさもないと」
机に指を置く。
「“存在してる理由”が、急に薄くなる」
生徒は黙る。
「だから消えたい?」
「消えたいってより」
遥は少し間を置く。
「“輪郭を感じたくない”」
静か。
生徒の指が止まる。
「……そんな感じです」
遥は続ける。
「異常じゃない」
即答ではないが、迷いもない。
「脳は、刺激がないと、自分を疑い始める」
一拍。
「何もない日は、敵もいない代わりに、支えもない」
沈黙。
「じゃあ、 どうすれば」
小さい声。
遥はすぐ答えない。
「消えたい日は、消えなくていいから、縮めろ」
生徒が眉を寄せる。
「予定を減らす。人に会わない。情報を切る」
机を軽く叩く。
「“存在”を薄くするんじゃなくて、“刺激”を薄くしろ」
静か。
「消える必要はない」
短く。
「縮むだけで足りる日もある」
生徒は、長く息を吐いた。
「……理由がないのに、おかしいのかと思ってました」
「理由はある」
遥は言う。
「静かすぎるだけだ」
生徒は立ち上がる。
背筋はまだ細い。
扉の前で止まる。
「また来てもいいですか」
遥は頷かない。
「来たければ」
それだけ。
扉が閉まる。
教室はまた、
何もない空間に戻る。
何もない。
でも、
消えてはいない。
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