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相談者は椅子に座ってから、少しだけ笑った。
嬉しいときに出る笑いではない。
困ったときの、逃げ道としての笑いだった。
「今日は」
「……褒められると、落ち着かないです」
「落ち着かない」
「はい。ありがたいはずなのに」
相談者は指先を見ている。
「すぐ、逃げたくなる」
日下部は頷かない。
否定もしない。
「どんなときだ」
「学校でも、些細なことでも」
「“助かる”とか“すごいね”とか言われると」
息を吸う。
「違う気がするんです」
「違う」
「そんな大したことしてないし、たまたまだし」
「過大評価だと思うか」
「……はい」
「で」
日下部は続ける。
「訂正したくなる」
「はい」
「それか、その場から離れたくなる」
「はい」
間。
「褒め言葉を受け取ると、何が起きる」
「……期待される気がします」
「期待」
「次も同じようにやらないといけない」
「できなかったら?」
「がっかりされる」
相談者は小さく笑う。
「だったら最初から、評価されない方が楽です」
「評価ゼロの方が、下がりようがないからな」
日下部は淡々と言う。
「はい」
「もう一つあるな」
「……」
「褒められると、借りができた気がする」
相談者の肩が止まる。
「……はい」
「何か返さないといけない」
「はい」
「だから」
日下部は短く言う。
「居心地が悪い」
沈黙。
「褒められる=義務が増える、になってるな」
「……」
「評価を受け取ると、役割が固定される」
「それも、あります」
「“できる人”でいないといけない」
「はい」
「崩れたら?」
「……面倒くさい人になる」
「だから」
日下部は視線を外さない。
「褒め言葉を、最初から無効にする」
相談者は黙る。
「楽だろ」
「……はい」
「だが」
間を置かない。
「それを続けると、何が残る」
相談者はすぐ答えない。
「評価も残らない」
日下部が言う。
「自分の実感も残らない」
「……」
「何をやっても、“別に”で終わる」
「はい」
「それでいいか」
相談者は小さく首を振る。
「じゃあ」
日下部は淡々と。
「全部受け取れとは言わない」
「……」
「一割でいい」
「一割」
「十褒められたら、一つだけ残せ」
「……残す」
「心の中でいい」
「“そう見えたんだな”でいい」
相談者は黙って聞いている。
「事実かどうかじゃない」
「相手がそう感じた、という事実だけ受け取れ」
「……」
「評価を受け取る練習をしないと」
日下部は静かに言う。
「自分の輪郭が、ずっと曖昧なままだ」
相談者の指が止まる。
「褒められた瞬間に、全部否定するな」
「はい」
「五秒でいい」
「……」
「否定する前に、五秒置け」
日下部は最後に言う。
「居心地の悪さは、敵じゃない」
短く。
「慣れてないだけだ」